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自分なりのケータイ小説


もし、仕事や子育てに縛られる事なく、時間が有り余っている生活ができるなら、ケータイ小説の大長編を作ってみたいです。知識が乏しいので日常をテーマにした作品になると思いますが、昼ドラ大好き、韓流大好きな自分が時間を気にせず書き殴った時、どんな作品が出来上がるのかちょっと気になります。

自分が作家になったら…の妄想

本好きな人ならば、誰でも一度は「自分が作家になったら…」と、妄想してしまうのではないでしょうか。あるいは、すでに真剣に作家を目指している人もいらっしゃるかもしれませんね。
私も、この妄想はよくやってしまいます。
特に、同年代の人がデビュー作で注目されたり、有名な文学賞を取ったときには、各メディアで取り上げられます。もしかすると、自分も一年くらい前に小説を書き始めていたら…。あるいは、この作家に代わって自分が受賞していたかもしれません。そうでなくても、別の機会に対談したり、肩を並べてインタビューを受けたりしていたのかも…。
不思議と、同年代というだけでリアルに妄想が膨らんでしまいます。メディアの中の彼もまた、私と同じ時代を知っているからでしょうか。つい、感情移入してしまうのですね。
幸福な想像の世界に身を任せているうちに、自分も何か書いてみようという気になることもあります。刺激を受けて、ただ考えていた世界から、具体的に行動に移すのです。しかし、なかなか継続しません。この書き続けることができる能力が、デビューしたり注目を浴びたりする差になってしまっているのですが…。
いつかは…、という期待と共に、そのいつかにより近づくことができるように、私も何か書いて投稿したいと思います。

手づくりのブックカバーがかわいい!

本屋さんで、あるいは個人の雑貨屋さんで、布作家さん手作りのブックカバーが置いてあることがあります。プロだったり、アマチュアさんがお仕事の傍ら趣味で作成している物もありますが、どれも見ているだけで楽しめる一品です。ブックカバーという形がある程度決まっている物ですが、布にバリエーションが多かったり、飾りつけを工夫していたりして、意外と個性が光るジャンルなのではないでしょうか。このような作品を見かけると、つい足を止めて見入ってしまいます。
中には手作りならではで、特殊サイズ用のもの、聖書や辞書のように分厚い本にも対応しているものを揃えている作家さんもいるのです。ホームページやブログを運営されている場合もあり、お気に入りの作り手が見つかったら、個人で連絡をとってオーダーメイド作成してもらう場合もあります。世界で一つだけ、自分だけのブックカバーが存在するなんて、素敵ですよね!
本当は、自分でも作成することができれば楽しいのでしょうが、なかなかうまくいきません。
市販されているブックカバーももちろんいいのですが、ちょっと変わったものを持ってみたいという願望もあったりします。「そのカバー、素敵だね」と友人に気が付いてもらうことを、密かに楽しみにしている一面もあるのです。

絵本の奥深さ

絵本なんて、あまり字の読めない子ども向けに書かれた本で、大人になってからは無縁だとばかり思っていました。
せいぜい、関係あるのは大学で幼児教育科に進んだときか、自分に子供ができたときではないかと思っていたのです。ところが最近、私はこの絵本への認識を変えられる出来事に出会いました。
それは、友人の子供の誕生日だということで、絵本をプレゼントしようと思ったときです。本屋さんの絵本コーナーで物色したのですが、タイトルを眺めてみると私がその昔読んでいた本も何冊か発見しました。昔の装丁のまま残っている本もありましたが、絵が画家そのものも変わっている物もあったのです。本文はそのままですが、興味があったので手に取ってみると、ついそのまま読み切ってしまいました。立ち読みで、すぐに中身を確認できるのは、ページ数の少ない絵本のメリットではないでしょうか。
何となくあらすじは覚えている物語でしたが、細かい内容や文体はすっかり忘れていました。そのため、細かいところで「こんな表現があるのか!」とか「こんな流れで最後まで進んだんだっけ…」といった、新しい発見が多くありました。しかも、大人になってからも関心したり感動したりすることが多かったのです。
もう一度、名作と呼ばれるものは手に取ってみようかな、と考えた瞬間でした。

時間の共有

以前、友人が家族旅行に行ったときの話を聞きました。友人家族は皆本が好きなので、旅館に行く前に必ずその近くの本屋へ立ち寄るのだそうです。そこでそれぞれ数冊の本を選び、旅館で食事の時間になるまで黙々と本を読んで過ごすんだとか。「ものすごく無口な家族だと思われていたかも」と笑っていましたが、その話を聞いてとても素敵だなと思いました。
それぞれバラバラの行動をとっているようですが、「本を読む」という同じ目的で同じ時間を一緒に過ごしているその空間が、私にはとても羨ましく感じます。何も、一緒に体を動かすだけが「行動を共にする」という訳ではないのだと思うのです。
お互いに遠慮することも無理をすることもなく、同じ趣味を共有することは以外と難しかったりします。どこかで相手に合わせてしまったり、時には義理で一緒に楽しんでいる風を装ったり。他人と行動を共にするということは、どうしても足並みを揃えなくてはなりません。そうしているうちに、果たして自分は本当にこれがやりたかったのだろうか?と、疑問を抱いてしまうようなことも。
ですから、この友人の話を聞いたとき、素直に「素敵な時間の共有の仕方だな」と思ってしまったのでした。無理なく自分のペースで、でも一緒に同じ事をしているという様子を想像すると、なぜかほっこりしてしまうのです。

あると安心するもの

あるとなんとなく安心するもの、居てくれると不思議とほっとする人…そういう存在のものや人ってありますよね。
私にとってのその存在は、文庫本です。例え今読みかけの本があったとしても、次のストックが2、3冊ないとなんとなく不安な気がします。この本を読み終わっても、次に読む本が控えている!と思うと、なぜか安心するのです。以前、本を読み終わって次に読むべき本のストックが無く、我慢出来ずに本屋さんへ買いに行ってしまったこともあります。本をあまり読まない人には、この感覚はちょっと理解出来ないかもしれませんね。
ですが、誰にでも、「あると安心」「居てくれるとほっとする」という想いを抱くことがあるのではないでしょうか。毎日一緒に働いている職場の同僚が急に休んだときに感じる心細さなんかはまさにそうだと思います。その人が居るだけで、なんとも言えない安心感があったということなのではないでしょうか。
また、万が一に備えるということもとても大切なことだと思います。例えば、保存食であったり乾電池やローソクなどは、必ず今必要としなくても、何個か揃えてある方が良いですよね。何事も過剰にしすぎるのではなく、「あって良かった」と思える安心感が必要なのではないかなぁと思います。

本好きの月々の予算はどれくらい?

本が好きで、よく本屋さんに寄ってしまいます。新刊のチェックだけでなく、本を眺めていると、気が付かなかった本も目に留まることがあります。つい、購入してしまうので本屋さんには寄らないようにしているのですが…。なかなかそういうわけにいかないのが、本好きのサガといったところでしょうか。ふと、こんな自分の経験で思うことは、他の本好きの人は月の本代を決めているのかということです。私も、働いてはいますが、月々につかうことができる本代にも限界があります。だからといって、厳密に本代を決めているわけではありません…。なんとなく、「今月は使い過ぎたかな」と思った時にセーブするようにしています。
周囲の友人たちに聞いてみても、曖昧な人がほとんどでした。だいたい、5千円前後が多かったでしょうか。中には1万円という人もいましたが、購入する本のタイプにもよるようです。例えば、ハードカバーで新刊ばかりを購入するのであれば、予算はかさむでしょうし、文庫本であれば新刊でも少ない予算で済みます。
これまで、ざっくりと考えていた私の本代ですが、この機会に少し見直してみようとも思っています。本の購入を控えるわけではありませんが、それでも購入してすぐに読む本は少なく、せっかく購入しても部屋に積んでしまうことが多いからです。

本をジャケット買いしてしまうこともある

あなたは、本のジャケット買いを信じますか?いわゆる、表紙のデザインなど装丁の凝った本を思わず手に取ってしまうということですね。CDなどで「ジャケ買い」ということもありますが、私は本にもこの現象があると信じています。本も、最近では装丁にこだわりを持っている物が多いと思います。例えば、ハードカバー版と文庫本版が違うデザインというのは序の口で、ドラマ化するとドラマに出演している俳優たちがカバーを飾ることもあります。手触りが特殊な紙を用いているもの、タイトル部分に触れると凹凸を感じられる物など、実にさまざまです。
私は、よく本屋さんの中をふらふらしていて、棚に積んである新刊でこのジャケット買いをしてしまうことがあります。特に新刊の場合、表紙が見えるようにして積まれてあることが多いですよね。口コミでも話題に上らなかった新刊も、本屋さんで発見することがあるのです。それも、9割以上は表紙のインパクトではないでしょうか。表紙に惹かれて手に取り、あらすじを読んで購入してしまうことがあるのです。こうしてみると、表紙を作っている人、デザイナーや装丁家の仕事は偉大だなぁ…と思います。本好きにとっては、つい本を購入してしまう、仕掛け人でもあるわけですが…。

思わぬところに楽しみがありました。

最近重たいものを持ち上げる機会が多くて、体に負荷がかかっていました。あんまり無理し過ぎるのはやめておかないとな~とは思っていたんですけど、このくらいならいけるだろうとつい過信してしまって…遂に腰を痛めてしまいました。ぎっくり腰とまではいかないんですけど、ズキズキ痛みが数日経ってもなかなか取れず、このままだと変なクセがついてしまいそうで怖いので、接骨院に行ってきました。家の近所にあるんですが、院長の趣味でしょうか、偏ったジャンルではありますが小説や雑誌、漫画が待合室に結構用意されていました。その中に私が読んでみたかった連続ものの本があったんです。一人でやっているのに結構常連さん?が多く、待ち時間もそこそこにあったのですが、目の前に読みたい本が用意されていたので待たされても全然苦じゃなかったです。すっかり夢中になってしまって、自分の順番が来て呼ばれても気付かなかった程。腰を診てもらいに来たんだか読書しに来たんだか…。でも腰痛もだいぶ和らげてもらえました。1か月は通院した方が良いとの事だったので、しばらく通う事になりました。心の中で、もちろん来ます!続きも読みたいし!と思ってしまったし。治療が終わるまでに読了出来るといいなぁ。

骨董品風な小物が好き

最近アンティーク風な小物に凝っています。本物の骨董品ではなくあくまでちょっと古めかしい感じというか、金具が燻してあったり、洋書風の小物入れだったり。そういった小物類が最近のお気に入り。コツコツと集めて部屋を改造していってます。アクセサリーでもそういうの見かけるとつい買っちゃうんです。今一番欲しいのは懐中時計。なんか格好良くないですか?時間を確認したい時に懐から時計を取り出す…そんな初老の紳士がやりそうな事、私もしてみたい!なんて思ったんですけど、胸ポケットがついた洋服なんて持っていないので、きっと普通にバッグから取り出すんでしょうけど…。でも携帯で時間を確認するのが主流になっている今、腕時計ではなく懐中時計を持ち歩くなんて、ちょっとおしゃれな気がします。今時風の可愛らしいものではなく、これもやっぱりどっしりと凝った古風な物が欲しいんですけどね。なかなか見かけないので、この間通販サイトで探してみたら結構出てくるんです。しかもお値段もすっごく手頃。思い切って買っちゃおうか、でも本当にちゃんと使う事が出来るか、ちょっと迷っているのでまだ保留中。もし手に入れたら用が無くても無駄に取り出してしまいそうです。

最終的に必要なのは本人のやる気

母は三人姉妹の長女なのですが、一番下のおばとは仲良しなのでおばは今でもよくうちに遊びに来ます。つい先日も遊びに来たのですが、なんとスマホを使いこなしていて、さらにボケ防止と称してパズルゲームを楽しんでいて、おじや子供たちとランキングを競っているのだとか。還暦を過ぎたおじとおばが、二人で「あ!イベントタイムだからやらなくちゃ!」なんて言っているのは、ちょっと驚きでしたね。
そんな姿を見て数日、昨日母と「いつまでも若くはいられないよね」という話になりました。私が母に、おばやおじがゲームをしていたことを話すと、「あの二人は若くていいね」と言うのです。母は機械音痴なので、最近やっとガラケーを使いこなせるようになった程度。覚えてしまえばいいのですが、覚えるまでが何度も何度も同じことを説明しなくてはいけないので、説明書の無いスマホは難しいかなあ…と思ったりもするのです。
でも、結局は本人の気力ですよね。若くありたい、元気でいたいと口で言っていても、行動を起こさなければ何を持たせても無駄な気はします。なにせ、還暦の時にボケ防止にとプレゼントした本ですら「目が疲れる」とか「時間がない」とか言ってまだ仕舞い込んであるのですから…。